ナーシャジベリとは?伝説の天才プログラマー!
ナーシャ・ジベリとは、伝説の天才プログラマーとしてゲーム業界でかなり有名な人物です。
特に有名なゲームで言うと「ファイナルファンタジー(FF)」シリーズを「FF3」まで手掛けた中心人物としても有名です。
そんなナーシャ氏とは、一体どんな人なのか簡単にプロフィールを確認してみましょう。
▽ ナーシャジベリのプロフィール
- 本名:ナーシャジベリ(Nasir Gebelli)
- 生年月日:1957年生まれ
- 年齢:64歳(2021年現在)
- 出身地:イラン
- 血液型:不明
- 身長:不明
- 体重:不明
- 活動内容:ゲームプログラマー、ゲームデザイナー
- 所属グループ:スクウェア、シリウス・ソフトウェア、ジベリ・ソフトウェア
- 家族構成:不明
- 一部Wikipediaより引用
ナーシャ氏は、渡米後にコンピューター工学を学び、AppleⅡと呼ばれるアップルが1977年に発表したパーソナルコンピューター向けのゲーム会社を設立しました。
しかし、その後退社し新しい会社を設立し、現在の3Dの元祖ともいえる個性的な作品を制作するようになりましたが、まだまだ時代が彼に追い付いていなかったのかヒットには恵まれず、会社は倒産。
世界へ放浪の旅にでますが、その時に”FFシリーズの生みの親” こと、坂口博信さんと出会いスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社したそうです。
阪口さんは、ナーシャ氏の大ファンで熱烈に口説き落としたんだそうです!
しかし、彼が有名なのはファイナルファンタジーの開発に携わったということだけではなく、プログラマーとしてとんでもない偉業を達成したり、驚くような逸話を持っているからなのです。
伝説のプログラマーの逸話
ナーシャ氏が「伝説の天才プログラマー」と呼ばれるようになった逸話がいくつかありますので、ご紹介します。
FF3の開発ではプログラムリストをすべて暗記
実際にプログラミングを組んだことがある人であれば、自分の書いたプログラムを暗記することなんて到底不可能であることが分かると思います。
ナーシャ氏は、自分で実装した全プログラムの内容をすべて暗記していたと言われています。
というもの、開発途中で重大なバグが発生した際に、ナーシャで電話で確認を取ったところ、電話越しに修正箇所を指摘され、その通りに修正するとバグが改善したそうです。
ただでさえ高度な知識のいるゲームのプログラミングを全部暗記だなんてどれだけ天才なんでしょうか・・・。
FF3のリメイクが実現しなかった
「FF3」に登場した飛空艇「ノーチラス」に、地面に影を落としながら通常歩行の8倍ものスピードでの移動を実現させたというのは、とても有名な話です。
現在は、実写に近いグラフィックでゲームが開発されているため、そこまで驚かないかもしれませんが、1980年代の技術では考えられないものでした。
当時も、「影をつける効果など無理だ。」と他のプログラマーが言っていたところ、ナーシャ氏はその翌日に飛空艇に影をつけ、さらに8倍もの速度で移動することを可能にしてきたというのだから驚きです。
この驚異的なスピードはファミコンのバグに近い挙動を利用したもので実現したそうです。
彼の開発したプログラムは非常に独特かつ高度で、他の人がみても全く理解できなかったそうで、FF3が人気にもかかわらず長らくリメイクされなかったのは、誰も当時そのままに再現できないから、と言われています。
ナーシャ氏は「FF3」までを手掛けていますが、「FF3]の戦闘シーンは、スーパーファミコンに移行した後の「FF4」以降と比べても劣らないほどスピーディなんだそうです。
FF3のイースター・エッグ
イースター・エッグとは、
コンピュータのソフトウェア・書籍・CDなどに隠されていて、本来の機能・目的とは無関係であるメッセージや画面の総称である。ユーモアの1種とされることもある。多くの場合、企画・開発スタッフの一覧などが隠されているが、ちょっとしたゲームなどの場合もある。
- 一部より引用
ナーシャ氏は、イースターエッグと呼ばれる隠しコマンドをいくつか組み込んでいました。
例えば、コントローラーの十字キーの左上とセレクト、スタートを押しつつファミコン本体の電源を入れ、セレクトだけ離すと「BY NASIR」というナーシャ氏の名前が出てきます。
タイトルに自分の名前をクレジットするなんて、開発者ならではの遊びですよね!
また、「FF1」のおまけゲームである15パズルを勝手に作っていたという逸話も残っています。
ナーシャ・ジベリの現在
ナーシャ氏がFFシリーズの製作に携わったのは「FF3」までで、ナーシャ氏はまた長い休暇を取り、1993年にリリースされた聖剣伝説IIの開発でまた戻ってきました。
しかし、この任務が完了するとこれらゲームの使用料の収入で退職し、また世界を旅するようになりました。
ナーシャ氏は世界を旅するのが好きなんですね~。
その後、1998年8月にダラスで開かれたApple II 20周年パーティーにおいて、彼の作品のもう1人の長年のファンであるJohn Romeroからインタビューを受けるまで、ずっと誰にも連絡がなかったといいます。
このパーティーで久々に公の場に姿を現したそうですが、その後また公の場に姿を現すことはありませんでしたが、当時、FFの開発で仕事を共にした坂口博信さんとの親交は続いているとのことです。
ナーシャ氏本人が、メディアへの露出を控えているせいもあり、現在の詳しい情報は分かりませんが、現在はカリフォルニア州サクラメントに住んでいて、人生のほとんどをそこで過ごしているそうです。